戯曲『インポッシブル・ギャグ』を書き始めた当初(2022)考えていたこと
つまらないから叩く。気に入らないから批判する。目障りだから消す。こうした行いは、ギャグを生みません。距離をとって繰り出されるギャグは冷笑や皮肉と呼ばれ、いま人気がありません。市場が世界を席巻したいま、自分を棚上げできるような場所は地球上には存在しないとされています。つまりは波の中で踊れと。
では、いまギャグはどこから生まれるのでしょうか。愛することからです。笑わないで、愛することです。バスター・キートンは機械の運動を、チャールズ・チャップリンは人間の運動を、ジャック・タチは生活を愛することで輝かしいギャグに変えてきました。少なからずの時間いっしょに生きてみないと違いがわからないカップルのように、目の前にあるものと目の前にあるはずのないものがいっしょに生きてみてはじめてギャグは生まれます。
つまり、「インポッシブル・ギャグ」(©︎バスター・キートン)は波の中で踊りまくる、ありそうもない愛から、生まれてくるのです。
戯曲『インポッシブル・ギャグ』リーディング公演 当日パンフレット
《われわれは時が経てば必ず袋小路に行き着く。何度も何度もくり返し行き着く。他にすることもないのでアクションする。くりだされるアクションは、それをどこからか見つめている子どもらのリアクションによって変化する。リアクションは、たとえば笑い声、泣き声、衣擦れの音、風や雨、光等々によって届けられ、袋小路の質を変えていく。すべての対話に含まれている第三者がその効果を目撃し、われわれに伝え、時間の経過の仕方が変わる。
ページがめくられ場面が急展開し爆笑、ページがめくられ、そのくり返し。
情報量ではなく、手数と愛嬌が物を言う。》
上の文章は戯曲『インポッシブル・ギャグ』の冒頭に付した、戯曲の【簡単な説明】です。およそ3年もの間、他の戯曲を書いている期間もこの「説明」を念頭に、ひたすらに「手数」と「愛嬌」を増やしては減らしを続ける日々でした。まじで自分が何をやってるのかわかりませんでした。が、この公演が設定されたおかげで、私は私をなんとか保つことに成功し、戯曲は完成しました。そして、本公演ではあり得ないスケジュールで、リーディング公演???というような設えで、小林洋平、斉藤綾子、佐藤駿、伴朱音、松原俊太郎、山西由乃、山本浩貴の総勢7名フルスロットルでお送りする戯曲『インポッシブル・ギャグ』リーディング公演、ごゆっくりお楽しみいただければ幸いです。
2025年11月14日 松原俊太郎